ユヴァル・ノア・ハラリハラリの「緊急提言 パンデミック」要約

他者信頼

『サピエンス全史』『ホモ・デウス』『21 Lessons』の3部作すべてが世界的なベストセラーになっている歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの新刊『緊急提言 パンデミック』。

天才ハラリは、ここでも、彼らしい洞察力を光らせています。特に感銘を受けたのは、「誤った二者択一の問題設定」という物事の捉え方です。現在の誤った二者択一の問題設定は…

プライバシーか健康か?
グローバリズムかナショナリズムか?

この2つがあるとハラリは言っています。
この記事ではこれについてまとめます。

プライバシーか健康か

コロナ禍の中では、健康のためにはプライバシーを犠牲にせざるをえないという風潮を生みやすいが、ハラリに言わせれば、「両方を享受できるし、また、享受できてしかるべき」であると言います。

プライバシーの問題は、監視テクノロジーの問題に直結しており、ひいては民主的な社会の在り方にもつながっている。「全体主義的な監視政治体制を打ち立てなくても、国民の権利を拡大することによって自らの健康を守れる」とハラリは言うのです。

監視テクノロジーを活かすには、そのテクノロジーを使う機関や政権を国民が信頼できなければなりません。

その信頼を実現するためには、民主的な体制を維持し、治安機関などではなく、中立性・独立性・透明性の高い機関が監視テクノロジーを使うと同時に、国民の側もそうした機関や政府を監視できるようにすることです。

緊急事態を口実に、政府や指導者が国民の信任を得ずに一方的な監視体制を敷いたりさまざまな権限を獲得したりする危険を、世界有数の監視国家イスラエルに暮らすハラリだからこそ、身をもって知っています。

暫定首相だったネタニヤフが感染防止対策を理由に、野党が過半数を占める議会の閉会を命じようとしたときには、これまで政治的な発言を控えてきたハラリが、「これは独裁だ」と激しい抗議の声を上げていることからも、ハラリがどれほど民主的体制と信頼を重んじているかが窺われます。

グローバリズムかナショナリズムか

今回のパンデミックを含めて現代社会が直面している苦難はグローバル化が原因であり、解決するためには脱グローバル化を図り、自国ファーストの路線を突き進むべきだということになりかねない。

だが、それはポピュリズムを煽る利己的な指導者や独裁者を利するばかりで、パンデミックや地球温暖化のようなグローバルな問題の解決にはけっしてつながらないとハラリは主張します。

グローバリズムとナショナリズムはけっして矛盾するものではない。

ナショナリズムは同国人を思いやることであり、外国人を憎んだり恐れたりすることではないし、グローバルな団結が人類と地球環境の安全や繁栄に不可欠な時代にあって、脱グローバル化は自殺行為に等しいからです。

EUは、コロナ復興基金に巨額の予算を充て、その半分以上は返済不要の給付金とすることを決めました。

他の加盟国への財政援助を頑なに拒んできたドイツまでもが方針を転換したのは、EU内の豊かな国々が、目先のことだけを考えて自国の利益を優先しようとするよりも、自腹を切ってさえ他国を援助したほうが、長い目で見れば自国を含め全体の利益に適うという判断を下したからに違いありません。

「危機はみな、好機でもある。グローバルな不和がもたらす深刻な危機に人類が気づく上で、現在の大流行が助けになることを、私たちは願わずにはいられない」というハラリの思いが一部なりとも実現したわけです。

おしましに

AかBか?この議論の答えは、AでもBでもなくCである。AもBも正しくて、間違えているのは、AまたはBを否定する議論である。そうハラリは言っています。

また、自由(民主)と信頼という高次の目的の達成に、そろそろ人間は着手するべきではないですか?と天才は語っていました。

太古の昔、人間が神話という虚構を作ったときから現代に至るまで、物事を善悪に切り分けて、勧善懲悪を好む幼稚な癖を、そろそろ見直して、進化するべきなのではないでしょうか。

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